「生老病死」、「愛別離苦、求不得苦、怨憎会苦、五蘊盛苦」、釈迦が悟りを開き、人間の苦を表した中でも、「四苦八苦」と言われるものである。ちなみに「4×9(シク)+8×9(ハック)=36+72=108=人間の煩悩の数」となる。(偶然かもしれないが・・・)所謂「人間」が生きていくうえでの「絶対条件」である。「生老病死」は生物全般だが・・・
「会者定離」(会った者は必ず離れる)もまた、人生の中の「絶対条件」である。「出会いの数だけ別れがある」というが、生きている以上は、別れよりも出会いが多い。死んだときに、「出会いの数」=「別れの数」となる。(そんなことはどうでもいいが・・・)
ただ、「会者定離」は、すべてにおいて「絶対条件」であるが、「会者定離」の中で、その「絶対条件」から、「何」を思い、「何」を感じ、「何」を学び、自分の人生にその「何」を生かすかは、人それぞれの人生を創る「必要条件」となる。絶対条件は自然的な現象であるが必要条件は人工的現象である。
「会者(会う者)」の中には「怨憎会苦(会いたくない人に会う苦しみ)」も伴う。また「定離(必ず離れる)」の中には、「愛別離苦(愛する者と必ず分かれる苦しみ)」も伴う。どちらもただの事実である。
しかし、「会いたくない人と会わないといけない」、「愛する人とも別れないといけない」だけの苦しみだけというほど人生は浅くない。「会いたくない人」からも学べるものは必ずある(反面教師という言葉もあるくらい)し、「愛する人」の別れも、その間に培ったものによる人生の構成になるものが必ずある。
「会者定離」の「絶対条件」の中で、人間に限らず、すべての生物は生きている。ただ、「会者定離」を大事にし、自分の人生の「糧」、言い換えれば自分の「宝」にできるのは、人間だけだと思う。
会者定離という「絶対条件」の中で、色々な出会いから学ぶ「必要条件」を自分の糧にし、宝にしていくことも、人生を面白くする方法の1つである。