哲学ブログ

AIと計算機~指標と回答~

「AIは想像もつかない方法で世界を変える」・・・ビル・ゲイツ

ChatGTPやDeepSeekなんかのAIを始め、私たちの生活にはAIが欠かせなくなりつつあります。

私の娘も「ChatGTPに相談してさぁ・・・」なんて話します。「ChatGTPに相談の前にパパには?」なんて思いますが、不甲斐ない父親なのでしゃーなしです(-_-;)

私は最近介護支援専門員(ケアマネージャー)と言われるものに職種が変わったのですが、そこでもAIが進出しています。介護支援専門員の主な仕事は、介護が必要な高齢者に「介護支援計画(ケアプラン)」を作ることです。この介護計画を情報を入れればAIが作ってくれるといういわゆる「AIケアプラン」の活用が広まってきています。

「AIが作ってくれれば時短になる」「AIが作ってくれれば間違いない」「AIが作ってくれれば・・・」等と思う人もいるかもしれません。しかし、AIは指標を示してくれるだけで回答をくれるわけではないです。もちろん、理系的な答えがあるものは回答がきますが。

計算機は必ず回答がきます。何故なら答えが必ずある数字を取り扱うからです。しかし、AIに文系的な分野を相談すると、AIならではの回答はくれますが、現実の回答にはならないです。何故ならAIのアルゴリズムはビッグデーターからの統計学だからです。

要するに、10人中8人が正しいと思う内容を教えてくれるみたいな感じです。なので、個別化が難しい。ケアプランは個人個人にあった個別化が必要になるので、AIに頼りきるとその人に合ったプランは作れない可能性が大いにあります。

ただ、私はAIを否定しているわけではないです。むしろどんどん使うべきだと思います。

娘がChatGTPに相談するのは別に友達がいないからでなく、娘世代の文化です。そして、AIは違法なこと等進めません。

「むしゃくしゃした時はタバコを吸うと良いぜ!」「欲しかったら盗めばいいじゃん!」等の回答はまずない分安心です。

「AIを使うと考えなくなる気がする!」という批判もあります。しかし、おそらくですが「計算機」が発明されたときは「算盤(そろばん)派」の人からは、「計算機に頼ると計算ができなくなる!」というような批判はあったと思います。

確かに、文明の危機を使うとそこに頼る分、頼る部分の能力は落ちてきます。「計算機の普及で暗算力が落ちる」「パソコンやスマホの普及で、漢字を忘れる、電話番号が覚えられない」「AIの普及で思考力や自己決定能力が落ちる」ということはあると思います。

それは、「車や電車等の普及により歩行能力が下がる。」「冷暖房により自己体温調整能力が下がる」「TVゲーム等の普及で子供が外で遊ばなくなり。身体能力そのものが下がる」等とも類似しています。

しかし、そこで「じゃあ人間が不幸に名なったか?」と考えたら多分そうではないと思います。むしろ便利になって幸せになった人の方が多いはずです。もちろん、文明に頼りすぎるのはいかがなものかとは思いますが・・・

また、AIを文系的なところで使いこなすのであれば、「AIの回答の良いところは採用して悪いところは修正する。」という能力が求められます。改善能力・・・いわゆるアレンジャーとしての資質が必要になるということです。

この点において私がAIを利用するにあたり、重要な点なのではないかと思います。

人間の世界は複雑で、答えがないものが多いです。なので、哲学という学問が昔から教えられてきました。それはAIが普及しても同じ事です。人生における答えは個人個人の人間が作っていくものだと思います。なので、AIを計算機のように「回答をくれる機械」と思うのはいかがなものかと思います。

AIを指標と捉え、自分なりの解釈を加えていくことで、「AIが人生を面白くする機能になるんじゃないかな?」と考えています。

  • この記事を書いた人

yu-sinkai

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